教員コラム
第3回 スポーツと法
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先日、大相撲の理事会選挙と横綱の引退というニュースが、ほぼ時を同じくして世の中の関心を大いに集めました。新聞などで報道されているところによれば、理事会のメンバーは選挙で選ばれる仕組みになっているにもかかわらず、一門と呼ばれるグループごとに候補者を事前に調整するしきたりがあり、めったに選挙にはならないこと、過去に選挙が行われた際には、一門から選ばれた立会人が投票箱の目前に着席して投票を監視する方法が取られ、投票の秘密が守られていなかったこと、そして、今回の選挙では、開票後、ある一門が会合を開いて造反者の特定に躍起になり、その結果、自分の意思に従って投票したある親方が「責任をとって」相撲協会から退職するとの意向を示す騒動となったことなどが明らかになりました。 |
大相撲の理事会選挙には、当然、公職選挙法など国の法令の適用はありません。しかし、上記の実態は、一般国民の常識的な感覚に照らして驚くことばかりでした。ロースクール生にとっても、秘密投票は、選挙の重要な原則の1つであることを憲法で学んでいるので、相撲協会の旧時代的な体質に驚いたのではないでしょうか。
また、横綱の引退に関しても、横綱には当初引退の意向は全くなかったとされるのに、理事会に呼び出され、弁明の機会もままならず、不祥事の真相も明らかにならないうちに、理事会の休憩中、三人の親方に「引退か、さもなければ解雇」と「説得」され、急転直下、引退の表明が行われたと報道されました。横綱は、インタビューで、懲戒の対象となった不祥事について、「報道されていることと事実はずいぶん違う」と話していました。
このような重大な不利益処分を行う場合には、ルールに基づき、相手方や関係者の意見を十分に聞いて反論の機会をあたえなければ、誤った処分が行われかねないし、また相手方にとっては、たとえ客観的には正しい処分であったとしても、十分な納得が得られないことでしょう。さらに、事実関係が明らかにされないまま、正式な処分を発動する構えだけを見せて、形式的に本人の意思を尊重して!?自主退職で決着をつけるやり方は、処分の根拠となる事実が存在するならば、名誉や退職金の面で、相手方にとってある意味都合がよい解決方法かもしれません。しかし、仮に処分の根拠事実が存在しないのなら、相手方にとっては、より一層納得しがたい解決方法でしかありません。
スポーツ競技団体は、ルールを尊重することがスポーツマンシップの基本であるとしばしば述べて、所属する競技者にルールを守ることを求めます。しかし、ルールを守ることは、ルールの適用を受ける側だけでなく、ルールを適用する側にも求められるのです。すなわち、ルールには二面性があるのです。そして、ルールを適用する側が、ルールを守っているか、ルールをきちんと適用したかは、結局のところ、第三者の事後的な審査なしでは担保されません。
しかし、例えば、オリンピックなどの代表選手選考をめぐる争いや、出場停止などの懲戒処分を巡る争いなどの紛争は、スポーツ競技団体内部の紛争であることから、裁判所法3条の「法律上の争訟」の要件を満たすことが困難である場合が多く、公正中立の第三者機関である裁判での救済は受けにくいという問題があります。だからといって、競技団体側が一方的にルールを歪めたり、不適切なやり方でルールを適用したりすることはやはりあってはならないことだと考えられます。
この点、スポーツ競技団体と競技者との間に発生した紛争を解決する機関として、国際的には、スイスのローザンヌにあるスポーツ仲裁裁判所(CAS)が一定の役割を果たしています。有名なところでは、競泳選手の千葉選手がアテネオリンピックの代表に選ばれなかったことを提訴していますし、最近のケースでは、J1川崎の我那覇選手がJリーグから受けたドーピング規定違反を理由にした制裁処分の取り消しを申し立てた事案において、選手側の主張を全面的に認めて、処分を取り消す裁定を行っています。そして、我が国においても、1993年に設立された日本スポーツ仲裁機構(JSAA)がほぼ同様の機能を果たしています。スポーツ仲裁においては、競技団体が下した決定を競技者などが争うという形式をとることから、行政の決定を私人が争う行政争訟との構造的な類似性が指摘され、適正手続などの行政法の知見も活用されているところです。ただ、これらの紛争解決手法は、あくまで仲裁という形式をとっていることから、紛争の両当事者の合意があった場合にしか仲裁手続に入ることができないという制約があります。
さて、冒頭の事件に話を戻せば、これらのケースは、ルールを巡る団体内部の問題として、その適切な解決には法的なものの見方・考え方が必要であるといえます。そして、このような場面では、やはり弁護士の的確な助言や助力が必要です。弁護士が活躍する場は、何も法廷だけに限られません。
スポーツの世界は、現在も封建的な色彩が色濃く残り、日本社会の中でも、もっとも法化が遅れた領域のひとつであるとしばしば指摘されます。しかし、スポーツの世界に限らず、我々の身の回りの世界においても、ルールが適切に用いられていない例はたくさんあり、そのような領域において法曹の活躍する余地は、十分あると思われます。最近、法曹人口の供給過多が言われることもありますが、我々の社会の法化は今後も着実に進み、弁護士の役割や活動の場も将来的に増えていくと思われます。皆さんの中から、将来、スポーツに関する問題を積極的に取り扱う弁護士が誕生することを願っています。
(南川 和宣 准教授)
第2回 奇貨居くべし
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法科大学院を志望し、または在学する人たちの目標は、一部の例外を除いて、皆共通でしょう。目標達成には、与えられた資源(自己の能力、勉強のための時間、生活環境など)をいかに効率的に配分するかが、カギとなる。効率的に目標達成の力をえるには、やはり法律科目に重点的に自己のもつ資源を投入するのが、合理的であろう。 |
その昔、私が修士課程の頃、目標は博士課程進学、研究者であった。実定法学(私は商法。その他の基礎法学などでも同様だが)の研究者には、比較法的考察を、少なくともやろうと思えばできる能力が必要とされる。日本の商法を勉強したいのに、外国語が2か国語以上必要だ。英語はなんとかなるとして、もう1か国語の選択が必要となる。
そこでほとんど初学だったがドイツ語をやることにした。だが指導教授は、「ドイツ法はいまさらよう教えん、自分でやれ」との仰せである。いまになって思えば、これは当たり前で、自分でできるようになることが大事であって、大学院の教育は、与えられる課題をやればよいというものではない。法科大学院でもある程度このことはいえる。
そこで大学院生はこぞって、語学に堪能な先生が担当する西洋法制史の授業を受けていた。ここでは、ドイツ法制史学の大家が書いた書物(KOSCHAKER, “EUROPA UND DAS ROEMISCHE RECHT” 1966)を輪読していた。週1回の授業で、せいぜい3、4頁進むだけであるが、脚注も含めて精読する(ラテン語、中世ラテン語、中世ドイツ語、中世イタリア語などもでてきて、これらはちんぷんかんぷんであるが、先生は、「ああ、これは中世スペインの用語で、これこれという意味です」などと解説してくれて、受講生一同感嘆した)。修士課程1年次には、この授業準備でまる3日かかった。これを修士課程の2年間なんとかこなした(なんとかなるものである)。
内容は商法とは無関係であったが、この授業によって得たものは、ドイツ語の読解能力(私自身はこの能力はほとんど失われつつある)にとどまらず、もっと広くかつ奥深いものであった。自分の目標(博士課程進学、ドイツ商法文献の読解力獲得)からすれば、回り道であるが、やったかいがあったと今でも思っている。
先に、「惜しむらく」と書いたのは、法科大学院では、提供すべき授業がすべて提供されているということである。回り道で出会う奇貨を得る機会が乏しいといえる。だが、岡山大学法科大学院には、多様な選択科目が用意されている。そこには奇貨を得る機会は開かれているのである。
(追記 奇貨の用語法がまちがっているかもしれませんが、ご海容ください)
(鈴木 隆元 准教授)
第1回 私の使命
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法科大学院のホームページが新しくなるので、何かコラムを書くようにと法務研究科事務部大学院係から命ぜられた。 締切りは、9月30日だった。 ああなんということだ。大幅に過ぎてしまった。合わせる顔がないのである。ということで10月も半ばを過ぎたがパソコンのキーを叩くことにした。何でもいいということなので自由に書くことにした。 |
私が法科大学院の教員となったのは、岡山弁護士会法科大学院支援委員会副委員長をしていた時に当時岡山大学法科大学院の研究科長をしていた同窓の赤松先生から民事系の実務家教員が一人足りないので先生にお願いしたいと頼まれたからである。ということで快く実務家教員を引き受けたのであるが、法曹養成制度が変わり、法科大学院で新しい法曹が養成される。ここで私はいったい何ができるだろうかと考えた。
昔、司法試験受験生の頃に読んだ受験新報という雑誌の対談記事で渥美東洋先生の実務法律家は、法的な紛争に巻き込まれて不幸な状態にある人々に平穏な日々を回復してあげる幸せの配達人であると言っていた言葉が思い出された。
実務法曹はドブサライではなく幸せの配達人なのである。このような精神と暖かい心をもった実務法曹を一人でも多く世に送り出せたら私がここで教員をしている意味があったということである。
弱い人や困った人の立場にたって親身に相談にのって、紛争を法律を踏まえて、なおかつ法律を超えた解決する専門家を一人でも送り出せたら意味のあることであると思ったのだ。
ということで、私は岡山大学法科大学院でそのような生き生きとした法律実務家を育てるべく日々奮闘している。充実した毎日である。
私が単独で授業を行う演習では、まず先人の言葉を紹介し、各人が人としてどう生きるかを考えてもらうことから授業をはじめる。そして演習では、単に目先の教材の問題解決にとどまらず広く関連する事項を網羅的に潰して法律家としての基本的な素養と知識を獲得してもらうことにつとめている。砂の上ではなく岩の上に家を建てるべく指導しているのである。
また、新司法試験に一度落ちてしまった卒業生のフォローに大変な手間と時間をかけている。自分の痛みは実は他人の痛みである。人の切実な痛みがわかるチャンスを獲得した彼らには是非、翌年度の新司法試験に受かってほしいのだ。
さて、このようなわけでいくら時間があってもまったく足りない。そこで、弁護士としての仕事は顧問先関係の仕事と専門である企業法務・知財関係に限定して引き受けることにして時間をひねり出した。そのために、ここ数年間の弁護士業界を潤わせた過払いバブルの恩恵をまったく受けることがなかった。少し貧乏になったが別に生活に困らないのでそれはそれでかまわないのである。
クールな頭と明日をになう思いやりのある暖かい心をもった実務法律家を一人でも多く育てるのが今ここにいるこの私の現在の使命だからである。
(井藤 公量 教授/弁護士)



